なぜ、ハンドソープを作るのか。開発の背景にある日本文化と香り

なぜ、ハンドソープを作るのか。開発の背景にある日本文化と香り

LHOOQ Journal Vol.24

なぜ、ハンドソープを作るのか。

こんにちは。LHOOQ®︎ブランドディレクターの伊澤です。今日は、10月初旬にローンチ予定のハンドソープについて、開発の裏側をお話しします。

手を洗うことは、「清める」こと。

神社に手水があるように、「手を清める」という行為は、日本人にとって昔から身近なものです。

単に汚れを落とすだけではなく、手を洗うことには「清める」という感覚が根づいているように思います。

気持ちを切り替えたいとき。リフレッシュしたいとき。私自身、手を洗うという行為には、身体を清潔にすること以上の意味があると感じています。

藍と、「清める」という感覚。

そして、LHOOQ®︎のキーとなる植物「藍」。

藍は古くから染料として日本人の暮らしの中で使われてきた植物です。また、タデアイや藍由来成分には、抗菌・抗ウイルス作用などに関する研究報告もあります。

私は、そうした藍の歴史や性質に触れる中で、「藍」と「清める」という行為を自然と重ねて考えるようになりました。

手を清めること。そして、藍という植物。

この二つをLHOOQ®︎らしい形で結びつけたい。それが、ハンドソープをつくろうと考えたひとつのきっかけです。

日本で使う意味のある、ハンドソープを。

もうひとつ、きっかけがあります。

海外から日本を訪れる人が増え、彼らが目的地として訪れるショップやレストランでも、洗面台に海外ブランドのハンドソープが置かれていることがあります。

もちろん、それ自体に問題があるわけではありません。ただ私は、そこに日本のブランドがあることにも意味があるのではないか、と考えました。

手を洗う数十秒も、その店で過ごす体験のひとつです。そこで日本のプロダクトに触れることは、海外から訪れた人にとって、新しい日本のブランドとの出会いになります。

同時に、そのプロダクトを選んだショップやレストランの価値観や美意識にも触れることができます。

日本でつくるハンドソープには、日本で使う意味まで持たせたい。

そう考えました。

鮨を食べる手に、どんな香りが残るべきか。

ハンドソープを開発するうえで、もうひとつ考えたのが「香り」です。

日本には、カトラリーを使わず、手で食べる鮨という食文化があります。手が、口や鼻の近くまでくる。

だから、洗った後に香りが強く残り、料理の香りや味わいに干渉するようなハンドソープにはしたくありませんでした。

しかし一方で、手を洗っている時間には、心地よい香りがあってほしい。

洗っているときには、香る。
洗い終わった後には、料理を邪魔しない。

私が求めたのは、その間にある香りでした。

使用するときの香りの体験と、その後に残る、ごく静かな余韻。その両方が成立するように、香りを設計しています。

清らかに洗い、うるおいを守る。

そして処方にも、LHOOQ®︎らしさを求めました。

手を清浄にすること。そして、洗うことで必要以上にうるおいを奪わないこと。

清らかに洗い、うるおいを守る。

LHOOQ®︎が考える「洗う」を、手肌のために形にしました。

「日本で手を洗う」を、考える。

2026年10月初旬。LHOOQ®︎から、新しいハンドソープを発表します。

手を清めるという日本の文化。日本の藍という植物。その場所の美意識を伝えるプロダクト。そして、料理を邪魔しない香り。

単に新しいカテゴリーの商品を増やすのではなく、それらをひとつずつ考えていった先に、今回のハンドソープがあります。

「日本で手を洗う」という行為を、LHOOQ®︎なりに考え、形にしたプロダクトです。

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